その名はコーンパイプである。

この度「コーンパイプのけむり」を執筆することになりました、石田みやです。
今この文を読んでいるあなたと末永い付き合いになることを心から願う次第である。

―そして、「コーンパイプのけむり」執筆者というだけに我輩は喫煙者である。
しかし、「コーンパイプのけむり」執筆者のくせに昨日まで我輩の手元にコーンパイプはまだない、だった。
コーンパイプ(正しくはコーンコブパイプらしい)とはコーンの芯をくり抜いたパイプである。かのダグラス・マッカーサーがくわえていたあれだ。
そして私が購入したコーンパイプはその元帥が愛用していたものと同じタイプである。
それが昨夜、私の手元に収まった。
いや、実際収まってはいない。収まるはずがない。なぜならマッカーサータイプはかなり巨大なのだ。
よく思い出して頂きたい。写真でパイプを手にしたマッカーサー元帥閣下を。貫禄極まるの閣下が身につけても存在感を持ったコーンパイプを。マッカーサー元帥閣下に勝るとも劣らぬ存在感。
とにかくでかいのだ。格好がつかなければ、服に着られている、もといコーンパイプにくわえられている状態に陥る。
またその巨大さは機能面でも仇となっている。
非常に底が深くそれゆえ葉を詰める作業や着火はかなり困難である。ネット上で検索すると「熟練」という文字が目につく。マッカーサータイプを燻らせるにはかなりの熟練された技が必要らしい。

それなのに私はコーンパイプを購入した。周りの期待に応えるためといった発想からではない。

似合う、
それだけだ。
直感的に似合うと思えたからだ。もちろん元帥閣下にはまだ遠いがポパイくらい似合っているだろう。風格は備わっている。あとは熟練された喫煙技術がいる。
それゆえに諸君にはブログで私が熟練する様を確認して頂きたい。
つまりこのブログは石田みやがマッカーサー元帥閣下に近付くまでの道程を記す証言になることが好ましい。
しかし行き着く先にあるマッカーサーとはなんなのか。それは諸君の目で確認して頂きたい。
なんとも未来のあるブログではないか。