死とか魚とか

わっ!
エヴァがあるから四巻まで借りてやれ(`´)
エウレカは相変わらず借りられているが…
なんてゆっくりしていたのに
まさか実家に帰えるなど
思ってもなかった。
知り合いのおっちゃんが亡くなった。
まだ還暦越えたぐらいで、魚屋さんだった。
最近お店たたんで、見かけるのは愛犬のシーズを散歩させてる姿だった。
正直言うと思春期の近所の人の呼びかけとか妙に疎ましくて
大学入って地元を離れてから改めて親しくなったから少しショックなぐらいだった。
でも
なんだかんだ可愛がってもらってた。
二十歳の御祝いもいただいた。なぁ
など思いながら
お通夜の前にお母さんに連れられて、
棺にいれられたばかりだというその顔を見た。
その、
黄土色っぽい表面が
強張って閉じきった口が
畳の上に設けられた葬儀という小さな空間が
想像以上にこわくて涙が出てきた。
不謹慎にも
悲しみより、死んだらこうなっちゃうんだってぞっとして泣けてきた。
でもやっぱり
おばちゃんの鼻声とか
お母さんの呼びかけとか
棺の小ささとか
色々と悲しくて泣けてきた
そうだなぁ
おっちゃんが競り落としてきた魚食ってでっかくなったんだよな
散歩中のおっちゃんに「誰かわからんだった」なんて言われてうれしかったんだよな
おっちゃんこんな小さかったんだっけ?
おい。
そういえばおばちゃんもこんなに小さかったっけ?
バックに録音されていたおっちゃんの生歌とかが掛かってて、
なんだよ
浸るしかないじゃないか。これは。
おばちゃんの名前
通夜葬儀を知らせる有線で知った
おっちゃんの名前
今日初めて興味を持った表札で知った
なんてこった。
今はただただ御冥福を祈ります。
魚これからも食べつづける。

わらう

アメトーークも借りた
たまたま準新作(¥120)で残ってたのを借りたら
まさかまさかの
『新世紀エヴァンゲリヲン芸人』
ちょっと!!
思った以上にネタバレし過ぎ(;;)
もう話の概要、Wikiとこれでなんとなくわかっちゃったじゃん(笑)
と言いつつWiki掲載の使徒情報をコピー用紙に書き出す
そして『アダム』から『エデンの園』⇒『生命の樹』に飛びその図形を模写する
いつか、役に立つんだ!きっと☆
そんな深夜モード。

『シラノ・ド・ベルジュラック』

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日曜
観劇のために宮崎へ。
この前の福岡観劇に続いてまたまた松岡さんのお世話になる
高速で片道3時間!!!
そうまでして観に行ったのが『シラノ・ド・ベルジュラック』
1897年に書かれたフランスの古典です。
これは宮崎県立芸術劇場「演劇・時空の旅」シリーズの第二弾
古典が好きになったきっかけの第一弾『女の平和』が記憶に新しい。
あの時も台詞の掛け合いに笑い、俳優陣の演技にゾクゾクとして、永山さんの構成力にワクワクさせられたのでした。
そんなもんで
今回もかなり期待して観たのですが、
が、
………号泣。
いや、期待以上に泣き笑い考えさせられた素晴らしい作品でした。
特に響いたのが、
シラノが訳あって恋敵に代わり意中の人・ロクサアヌに愛の告白をする場面。
シラノ役・有門さんの台詞の聞かせ方が本当素晴らしい!
台詞をしゃべる、でなく
台詞を聞かせる、ということがこんなに響くものだとは…。
その、私は台詞及び話す言葉なんて内容じゃなくて話す人の衝動なんかが大事だと思ってたんです。最近。(今、まさに私も内容でなく衝動で書いてるんですがね)
だから
聞かせるよりしゃべることが大事だと思ってたのに
なぜか
ロクサアヌに告白するシラノに涙、なみだ、涙。
自分の姿偽ってまで長々と愛をぶつけてる様は確かに衝動的なんだけど
その台詞にはちゃんと内容があるんですよ。
衝動的に告白してるのにすごく明確、綺麗に『あなたを心から愛しています!』ってのをあらゆる言葉で告白する
そんな台詞の力
有門さんの聞かせる力
正体があかせられないという役のせつなさ
そんな素晴らしい数々の力に号泣してしまいました。
きっとシラノはいつでも彼女のことを考えているんでしょう…。
泣きながら
やっぱり、書くのならば言葉を知らなければ、と反省。
日本の古典は伝達方法に力を入れているらしいんですが、現代は伝達内容に力を入れすぎてあまりに明瞭過ぎているようです。
誰が読んでもわかる。
でも文芸は遠回し、遠回しも重要だと、でも、やっぱりわかりやすい情熱的な言葉も時には必要で……
……うむ。考えさせられる。
やっぱり古典は偉大だ。
そして、
今回も俳優陣の演技と勢い(踊りあり演奏あり)。永山さんの構成力に拍手です!!!
あと、生ピアノも心地よかったなぁ(´`)
来年も楽しみです。
写真は宮崎神宮
リンコの時ずっと行きたかったから念願の参拝でした